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ブログ (学術課題)2022.10.13

THE世界大学ランキングを読み解く、日本の大学が異なる道を歩む必要性

 英国の高等教育専門誌であるTimes Higher Education (THE) から2023年版の世界大学ランキングが発表されました。このランキングは研究力、教育力、論文の被引用数、国際性、産業界からの収入ほか様々な尺度から算出されたスコアが元になっています。私はこの3年間、THEのAcademic Reputation Surveyを担当していることもあり、毎年のランキングと動向を隈なく注視しています。参考として最新のランキングを記します。 https://japanuniversityrankings.jp/topics/00224/

https://www.timeshighereducation.com/world-university-rankings/2023/world-ranking

 以上、上位10校はアメリカが7校、イギリスが3校という結果でした。顔ぶれに少し説明を加えると、1096年創立の首位オックスフォード大は7年連続で盤石の1位です。2位は160人以上のノーベル受賞者を輩出するハーバード。3位はオックスフォードと別の道を探求して1209年に創立されたケンブリッジ大で、120人を誇るノーベル受賞者は世界2位。同3位のスタンフォード大はGAFAやIT起業家が集うシリコンバレーにあり、無数のイノベーションを生み出しています。

 

 毎年このランキングが発表されると日本の大学に話が移りますが、東大は35位から39位、京大は61位から68位と、ともにランクを下げました。ご記憶でしょうか。遡ること2013年に安倍晋三政権は「今後10年で世界大学ランキングのトップ100に日本の大学を10校入れる」という空虚な大学成長戦略を掲げました。当時、東大は27位、京大は54位。あれから10年、政府と文科省は、指定国立大学法人制度、スーパーグローバル大学創成支援事業、そして複数の大学を統廃合しましたが、結果は絵に描いた餅。新たにトップ100入りした大学は一つもなく、上位2校はランクを下げました。それどころか当時127位だった東北大学は201~250位、138位の東京工業大学は301~350位と後退し、この10年で日本の大学の国際競争力は低迷しています。

 反面、躍進著しいのが日本以外のアジア勢で、トップ100に19校がランクしました。16位の清華大、17位の北京大、51位の復旦大など中国の大学が最多で7校、31位の香港大や45位の香港中文大など香港の大学が5校、韓国は56位のソウル大など3校、シンガポールは19位のシンガポール国立大と36位の南洋理工大、そして日本は東大と京大がランクしました。

 中国の大学は大規模だからランクが高いと思われがちですが、それは誤りです。北京大の学生数は約33,000、精華大学は53,000人と早稲田大と同程度であり、中国の国内人口を14億とすると相当狭き門と頷けます。THEのランキングでは、学生数や大学の規模は密に補正されており、例えば6位のカリフォルニア工科大の規模は大学生900人に大学院生1,200人と、在籍数は僅かですが徹底した少数精鋭教育が効を奏しています。


 国際的プラットフォームで日本の大学競争力が低下する中、健闘しているとはいえアジア勢と圧倒的な差を見せるイギリスやアメリカの大学は、一体何が違うのでしょうか。そもそも大学の運営予算や政府補助金、そして設備が段違いに違うのでしょうか。上を見ればきりがなく確かにそれは一理あります。しかし隣の芝生は青く見えるもので、世界3位のGDP大国である先進国日本の大学の予算や設備規模は、世界的にけして貧弱ではありません。たとえ予算をつぎ込んで研究論文を量産しても新規のイノベーションにはなりません。何故なら研究や教育の基本は、柔軟な発想やアイデアで、資本ではないからです。

 安倍政権の大学改革が結果を出せなかったのは大学の再編に予算を投じたからだと私は思います。もし大学院教育や博士研究に予算を割り当て、世界中から数千人の一流研究者を日本の大学に招聘する方略を実施したなら、日本人研究者の海外流出も歯止めがかかり、むしろ日本で研究に打ち込みたい海外からの若手研究者が倍増し、同じ10年間で日本は変わっていたと思います。

 加えて、柔軟なアイデアや自由で斬新な発想が生まれる土壌とは、ダイバーシティみなぎる環境です。そうした視点で世界大学ランキングを眺めると、世界160の国や地域から多様な学生が集うオックスフォード、ケンブリッジ、インペリアル・カレッジ・ロンドンで過ごす研究生活から生み出される発想に、予算が限られ日本人が多数を占める日本の大学が追い付けるはずがありません。また60を超える大学が建ち並び世界のIT頭脳が集うボストンにあるハーバードやマサチューセッツ工科大、さらにシリコンバレーの中心にあるスタンフォードなど、世界の投資家が眼差しを注ぐ大学の周辺環境からインスパイアされた研究者は、きっと多いことでしょう。


 残念ながら日本の大学にはイギリスほどたくさんの国と地域から学生や研究者が集いません。またシリコンバレー級に世界の研究者と企業がひしめく都市は存在しません。ならば日本の大学が国際競争力を維持するには一体どうしたらよいのでしょうか。私はTHE世界大学ランキングを読み解くに、日本の大学はイギリスともアメリカとも異なる道を歩む必要性について議論すべきだと思います。かく言う私自身、大それたアイデアがある訳ではありません。しかし少なくとも予算規模の大きなアメリカの大学や、躍進する中国の大学を先行モデルにしては勝ち目はありません。


 話は飛びますがこの夏、ケンブリッジを訪れる機会がありました。ロンドンのキングスクロス駅から牧草地帯を眺めること75分、ようやくケンブリッジ駅に到着しました。世界のケンブリッジ大があるケンブリッジ駅の写真は見ていましたが、私はその小ささに唖然としました。何しろ小さなスーパーが1つしかありません。それもそのはず、ケンブリッジは名だたる学園都市ですが人口は12万、大学はケンブリッジとアングリア・ラスキン大(ARU)の2校しかありません。しかも住民の2割は大学関係者です。訪れた7月は夏季シーズンで学生は少なく、私はケンブリッジ大の学生寮に安く泊まりました。短い滞在で考えたのは、この街では800年前から脈々と学問が受け継がれてきたことです。そしてこの小さな街から、今現在も世界有数の発見が次々に発表されていることでした。一歩街にでると多様な人が行き交い、昼間は市民が大学の関連施設で学問に明け暮れます。また若いうちからケンブリッジの舎で学問の言霊に触れるためでしょうか、夏季シーズンの中高生を対象とした短期ツアーが開催されていました。 

 数日の予定を経たロンドンへの帰り道、私が強く感じたことは、「学問を発展させるためには大都市は必要がない」ということでした。むしろ田舎で良いのです。7年続けて1位のオックスフォードとて、街の人口は僅か15万、ロンドンのパティントンから1時間も電車に揺られます。それに反してアジアの大学は全て大都市、それも首都。精華大と北京大も北京、ソウル大はソウル、東大は東京にあるのです。


 この度の世界大学ランキングを見返すと、上位10校のうち首都にあるのはインペリアル・カレッジ・ロンドン(ICL)だけです。都市に埋もれてアイデアを凝らすより、もしかしたら外から都市を俯瞰しつつ学問を探求した方が、若手研究者に柔軟なアイデアや批判的着想が生まれるのかもしれません。私は日本の大学が4半世紀先の国際競争を乗り切るために必要な戦略が、この辺りに隠れている気がします。つまり東京や大都市だけで研究を行うには限界があり、むしろ大学のフィールドは周辺環境が整えば地価の安い人口10万規模の街で十分でなのです。今年のノーベル生理学・医学賞は沖縄科学技術大学院大学(OIST)の客員教授であるスバンテ・ペーボ博士が受賞されました。OISTは世界50カ国以上から若手研究者が殺到する国内屈指の大学院大学で、約270名の博士課程に日本人大学院生は18%しかいません https://www.oist.jp/ja/facts-figures。日本の大学はそうした質素なイノベーションの強みを理解した上で、アメリカや中国の大学をモデルとした大学改革とは異なる道を歩む必要性があるのではないでしょうか。




【参考URL】

「THE世界大学ランキング2023」発表、東京大学が4ランクダウンで39位に https://univ-journal.jp/188693/ 大学ジャーナルonline (2022/10/15)

「世界トップ100に10校を」安倍政権が描いた大学成長戦略の現状は 

https://mainichi.jp/articles/20220409/k00/00m/040/249000c 毎日新聞 (2022/04/11)

THE世界ランキング 清華大と北京大がトップ20入り https://www.afpbb.com/articles/-/3428984 AFP BB News (2022/10/15)

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