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人道的介入は何を以って「人道的」とみなされるのか
歴史上、アメリカ軍が戦争や武力援助を行っていた国や地域の体制やパワーバランスが、アメリカ軍の撤退や衝突とともに激変した事例は数多く存在する。アメリカ軍の前線基地とされた朝鮮戦争、米ソ冷戦下のキューバ危機、この度のアフガニスタン戦争の撤退と情勢が被るサイゴン陥落、また泥沼化したベトナム戦争後にパリ協定を経て共産党勢力支配を強めたカンボジア・ポルポト政権のクメール・ルージュ、旧ユーゴスラビアで起きたコソヴォ紛争、アラブの春以降もトランプ政権が駐留を続けたシリア内戦とイエメンの紛争、クルド人問題、トルコ情勢、新しいところでは2021年5月に停戦を迎えたイスラエル対ガザ地区の紛争、そして8月15日に起きたカブール陥落しかり、その契機は米軍のアフガニスタン前線からの退陣であり、今現在もアフガニスタンから国外退避できない一般人が大勢取り残されている。
アメリカが世界各地でこうした軍事活動を続ける背景と根拠は、国際社会における「人道的干渉・介入」という前提の平和維持活動だろう。しかし人道的干渉・介入を非難する国側の言い分としては「内政干渉」に値する国際法的な国家の違反行為でもある。この両者は互いに優劣を付けることの難しいジレンマであり、同時に国際法上の重要な秩序機構でもある。しかし現実問題、その背景には大国間のパワーバランスにより齎される代理戦争、石油・天然ガス・希少鉱物などの資源獲得、地理的・領土的な問題、民族間の問題、宗教問題、さらにはIT技術の情報戦が入り込み、人、金、物、情報の覇権争いと利害関係が、そこかしこに見え隠れしている。近年の全世界的な傾向として、民主国家より共産党系の政権国家の比率が高まり、国際社会のパワーバランスが変わりつつある点も重要視すべき要因であろう。つまりはこれまでアメリカが国家の枠組みで対応できていたことがグローバル化の中で不可能になりつつあり、言い換えれば米・中・ロシア・イスラム国ほか国家間のパラダイム自体が揺らいできていることを意味する。
加えて、そもそも「他国による介入、とりわけ人道的干渉は認められるのか」という問題もある。人道的干渉とは「特定国家内部における人道的破局を未然に防ぐために、ほかにとりうる手段がないならば、個別国家による必要最小限度の武力の行使は許容される」とする考え方である。しかし一つ一つの事例を見ると、標的を殺害する目的の過程において巻き添えにされた罪なき子ども達を含めた民間人犠牲者についても「最小限度の犠牲」として正当化されている点については、今日のアフガニスタン戦争でも踏襲されており、けして見逃すことは出来ない。言わば自らの主張する「正義」を正当化し、都合よく論旨をすり替えたに過ぎないともとれる。しかしそうかと言って内政干渉を盾に取り、全ての非人道的な行為を国際社会が見ぬふりをして許容すべきでないことは確かだ。今日、人道的介入が何を以って「人道的」とみなされるのかについては、極めて恣意的な命題である。
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