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My Opinion2021.10.18

2021年ノーベル平和賞におけるジャーナリズムと地政学的海峡問題

 2021年、今年のノーベル賞の中でとりわけ賛否が分かれ議論を醸し出しているのが、ロシアとフィリピンの2人のジャーナリストに贈られた平和賞である。2人は共に報道の自由を掲げ政権の強権的な姿勢を批判してきた功績を讃えられての受賞となった。

 

 ロシア独立系新聞『ノーバヤ・ガゼータ』のドミトリー・ムラートフ編集長は、プーチン政権下において権力に屈せず真実を暴く報道を続けたジャーナリズム精神と勇気に満ち溢れる行動が評価され、この度の平和賞が贈呈された。政権の汚職や賄賂、さらに権力の私物化を世界に暴露されたプーチン大統領は毅然とした態度で「ロシア国内法に違反したとみなされれば受賞に関係なくスパイ容疑に指定される可能性がある」とムラートフ氏に対する強い牽制の意を発表している。これまでにムラートフ氏と同僚のジャーナリストのうち、既に6人もの命が犠牲となっている。この度の平和賞受賞は大変な栄誉であるが、この賞を受けてロシア警察特殊部隊から生涯マークされる身となったムラートフ氏の今後のジャーナリズム活動に関する安否が気遣われている。

 そしてもう一人、フィリピンのインターネットメディア『ラップラー』のマリア・レッサ代表にもノーベル平和賞が贈られた。麻薬犯罪取り締まりと称した謂わば優生学的とも解釈される市民虐殺の証を暴かれたフィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領は、平和賞発表から数日後に行われた大統領演説の場で、1時間以上の演説したにもかかわらず一言もレッサ女史のノーベル平和賞について言及をしていない。フィリピン国内は今現在、次期大統領選の真っただ中であり、既に97人の次期大統領候補者が乱立している。この選挙戦に先立つ世論調査で最有力候補とされているのが、実はドゥテルテ大統領の実娘で現ダバオ市長のサラ・ドゥテルテ氏であり、フィリピン国民の多くがドゥテルテ大統領そして娘のサラ氏を応援している実情がある。そうしたタイミングでドゥテルテ大統領の汚職を暴いたレッサ氏に平和賞が贈られるとなると、フィリピンの国民感情に対する反動とレッサ氏の安全が心配される。事態を受けてフィリピン憲法の規定で再選することのできないドゥテルテ大統領は、早々に次期副大統領候補に名乗りを上げている。国政の私物化と非難し名乗りを上げたドゥテルテ父娘の気になる本命対抗馬は、何と現役プロボクサーを電撃引退して大統領選への挑戦を公言した元ボクシング6階級世界王者のマニー・パッキャオ氏だ。パッキャオ氏はフィリピンの国民的英雄であるのみならずボクシング界最高のレジェンドであり、全世界のボクシングファンを巻き込んでフィリピン大統領選の行方が広く注目されている。


 さて隣国関係をみると、ロシアとフィリピンの政府を批判したジャーナリストにノーベル平和賞が贈られたこの出来事は、すぐさま中国政府に飛び火した。中国共産党は両国の平和賞発表に対して「ノーベル賞を政治利用している」と強く非難し、中国国内メディアは今年のノーベル平和賞の報道を規制している。中国メディアのこうした反発の背後には、隣国との海峡問題に跨る地政学的な理由がある。一つはもしジャーナリズムによりロシア政府の汚点が暴かれロシア連邦共産党体制が弱体化すると、日本海および東シナ海を挟んで、日本・韓国と中国・北朝鮮・ロシア間の関係性に負の影響が出ることである。さらにもう一つはフィリピン政府の今後の方向性により、近年中国が実行支配を高めようとして人工島を建設している南シナ海情勢が大きく揺らぐことを危惧しているのだ。南シナ海領域は、中国・台湾、さらにASEAN(東南アジア諸国連合)のフィリピン・マレーシア・タイ・カンボジア・ベトナム・シンガポール・ブルネイ等に囲まれた世界有数の富をもたらすシーレーン(通商航路)であり、その海底には豊富なレアアースが眠る軍事的衝突が絶えない緩衝地帯である。つまり、この度2人のジャーナリストに贈られたノーベル平和賞は、間接的ながら日本海・東シナ海・南シナ海領域における地政学的緊張問題にまでその影響を及ぼしているのだ。

 さらに今回2名のジャーナリストに平和賞が送られた社会背景には、ロシアやフィリピンのみでなく、この数年で国内情勢が一気に180度転じてしまった香港、ミャンマー、イスラム国などにおいて、数多くの政治ジャーナリストが命を落とすとともに、国境なき記者団が使命とする「報道の自由度」が如実に制限されている潮流がある。参考として国境なき記者団が毎年世界経済フォーラム・ダボス会議の経済格差を睨み公表している「報道の自由度ランキング(2021)」のリンクを提示する。2人の平和賞は、フィリピン138位、ロシア150位という報道規制の非常に厳しい国家体制の中でジャーナリストが活動し、裏の裏を暴いた点に大きな意義があるだろう。因みにジャーナリズム報道を厳しく規制している中国は世界180カ国中177位、そして隣国北朝鮮は下から2つ目の179位である。こうした状況もさることながら、憲法21条で表現の自由が保障されている日本の情報開示も全く十分とは言えない。日本のジャーナリズムの現状つまり国家の情報開示状況は世界レベルで67位である。

 戦後他国を抜きんでていち早く科学技術大国と化した日本ではあるが、未だに政治に関しては先進的とは言えず閉鎖的かつ保守的な状況のままにある。


World Press Freedom (国境なき記者団): https://rsf.org/en/ranking#

Sustainable Japan: https://sustainablejapan.jp/2021/04/25/2021-world-press-freedom-index/61287

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