ブログ
日本のコロナウイルスは自ら死滅した?ーサイエンスの新聞報道に関して思うこと
夏休みと東京五輪が真っただ中の日本で、2021年8月23日をピークにコロナウイルス感染症の新規感染者数は減少方向に転じた。2020年春以降、長期に励行されてきた3密政策による人流の抑制が、この減少にどの程度効果を示していたのか定かではない。しかし2021年2月17日からワクチン接種が開始され、約480万人の医療従事者が完了した7月23日、そして4月12日から開始された約3,600万人の高齢者の2回接種が80%を超えた7月末以降、事実として新規感染者数の増えはなだらかとなり、全国民の40%が2度目の接種を達成した8月23日を境に新規感染者数は減少に転じている。この時系列的な流れについては、昨日11月1日のブログ「今こそ五輪を振り返るべきである」で公開している。
さて、時を同じくしてとても興味深い記事を日本中のマスメディアが一斉に報じているので、ぜひここで紹介しておきたい。その記事の主旨とは「第5波がピークを越えたのは、日本中に流行したコロナウイルスデルタ株において、ゲノムの変異が蓄積してウイルスを修復するためのnsp14という酵素の機能が追い付かなくなり、日本社会の中で自然淘汰的にコロナウイルスが死滅した。それにより第5波が過ぎ去ったのだ」とする大いにインスピレーションを感じる内容である。
この記事のオリジナルは2021年10月14日~16日にパシフィコ横浜で開催された第66回日本人類遺伝学会で発表された国立遺伝学研究所と新潟大の共同研究演題に由来している。以下にこの発表について報じたいくつかの新聞のサイトを例示してみる。
10月30日 毎日新聞 「第5波収束は「デルタ株のゲノム変異蓄積 修復追いつかず死滅か」
https://mainichi.jp/articles/20211030/k00/00m/040/275000c
10月30日 新潟日報 「ゲノム変異、修復困難で死滅?」
https://www.niigata-nippo.co.jp/world/national/20211030650358.html
10月30日 熊本日日新聞 「ゲノム変異、修復困難で死滅?」
https://kumanichi.com/articles/449642
10月30日 Yahoo JAPANニュース 「ゲノム変異、修復困難で死滅? コロナ第5波収束の一因か」
https://news.yahoo.co.jp/articles/ffc3131185430e24ea85bf09f4f8181e7ab3fa24
10月31日 中日新聞 「デルタ株、酵素変化で死滅?」
https://www.chunichi.co.jp/article/357258
10月31日 山陰中央デジタル 「デルタ株 ゲノム修復困難で死滅か」
https://www.sanin-chuo.co.jp/articles/-/115115
10月31日 福井新聞 「コロナ第5波収束の一因?」
https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1427658
サイエンスの世界には「研究者であれば誰しも仮説を述べる権利があり、周囲の研究者はそれを根拠なく否定してはいけない」とするサイエンス・リテラシーがある。例えば「STAP細胞は存在する」と言う仮説を提唱する研究者がいたとしても、科学に裏打ちされた否定的な論拠を示せない場合においては、その仮説を根本から否定したことにはならない。本日の時点で私が検索した限りにおいては、国立遺伝学研究所も新潟大学も元データを提供した国立感染症研究所も、この新聞記事の論拠について正式にHPで言及していない。注意してほしいのは、ここに示した全てのニュースの見出しが「○○死滅か」「○○死滅?」「一因か」「一因?」と疑問符を交えて報じられている点である。さらにお粗末なのはその内容で、並べた記事を読んで見比べてみると一目瞭然であるが、各新聞社が先を争って他社の記事をコピペをしたとしか思えない。
こうした記事を目にする度につくづく考えてしまうが、この記事を掲載した新聞局の中で、実際10月中旬にパシフィコ横浜で開催された日本人類遺伝学会に自ら足を運んで取材を試みた新聞記者はいるのだろうか。全うなサイエンティストであれば誰もが知る基本的なルールであるが、学会で発表された仮説を述べただけでは、それは学説とは言わない。第3者の査読システムのある国際的な学会誌に掲載されて、初めて学説となるのである。つまり専門家の土俵で本格的なディスカッションが始まるのは、論文が刊行されたその後である。STAP細胞の時にもマスメディアの過剰な報道があったことが思い返される。
日本社会でデルタ株が自らゲノム変異を起こしnsp14修復酵素が追い付かず死滅した…まさにピンチになると神風が吹く、そんな古来の神がかり的な伝説を期待する日本人好みのストーリーにも思えてならない。私はコロナウイルスゲノム編集の専門家ではないので、この学説を肯定も否定も出来る立場にはない。ただ唯一正論を述べるのなら、この学説が専門家の間で正当に議論されて科学論文となるか否かは、まだまだこれから先の話である。
最新ブログ
アーカイブ
- 2024年8月 (1)
- 2024年3月 (1)
- 2024年2月 (1)
- 2023年11月 (1)
- 2023年10月 (2)
- 2023年9月 (1)
- 2023年6月 (2)
- 2023年5月 (2)
- 2023年4月 (1)
- 2023年3月 (4)
- 2023年2月 (4)
- 2023年1月 (2)
- 2022年12月 (4)
- 2022年11月 (2)
- 2022年10月 (5)
- 2022年9月 (4)
- 2022年8月 (4)
- 2022年7月 (5)
- 2022年6月 (2)
- 2022年5月 (3)
- 2022年4月 (4)
- 2022年3月 (9)
- 2022年2月 (4)
- 2022年1月 (4)
- 2021年12月 (7)
- 2021年11月 (11)
- 2021年10月 (12)
- 2021年9月 (8)
- 2021年8月 (4)
- 2021年7月 (3)
- 2021年6月 (4)
- 2021年5月 (6)
- 2021年4月 (8)
- 2021年3月 (8)
- 2021年2月 (5)
- 2021年1月 (7)
- 2020年12月 (1)