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五輪は公共政策事業ではない
米ジョンホプキンス大学システム科学工学センターの統計によると、全世界の新型コロナウイルス感染症による死亡が2021年11月初めに500万人を超え、感染者数は2億5千万人に達すると推計された。一方、長らく新型コロナウイルス感染者がいなかったトンガ王国では、10月31日に初の感染者1人が確認されている。患者はニュージーランドからの便に搭乗しトンガに入国、ツイオネトア首相は「遅すぎて後悔するより用心のため早期に踏み切る」と、すぐさま1週間の都市封鎖を発令した。現時点での事実は定かでないが、政府が感染者は一人もいないとする北朝鮮とトルクメニスタンを除き、残る感染者が確認されていない国はツバルとナウルの2つのみとなった。医療資源の乏しい小さな島国でウイルスが流行することは、国家の非常事態を意味する。十分な医療機関が無く、外資を観光に依存する南太平洋の国々は、長らく出入国を制限する厳しい水際対策により経済的打撃と貧困率の上昇に苦しんでいる。しかし人の命と経済のバランスにおいて、人命を最優先するトンガの政治ポリシーは一貫しており、多くの国民は政府の方針を信頼している。
世界中が命と経済のバランスを重視する「ウィズコロナ政策(with the virus)」にシフトしていく中、南太平洋の小国と同じくらい、ともするとそれ以上に1人の感染者も一切容認しない「ゼロコロナ政策」を貫く大国もある。10月31日夜、開園中の上海ディズニーランドでは、突如警察による閉鎖措置が施行されている。前日に来園した1名が発熱し、コロナ陽性反応を示したのがその理由である。園内待機を命じられた数千の入園者全員がその晩のうちにウイルス検査を受け、数百台のバスに分乗して各々帰路についた。ディズニーランドは全員の陰性が確認されるまでその後2日間休園。上海保健当局はその週末にディズニーランドを訪れた3万4千人弱を追跡検査し、全員の陰性を確認したという。中国政府のコロナ政策が人命と経済の双方を重視して策を発令しているのは事実である。しかし3カ月後に迫る2022北京冬季オリンピックを控えた共産党の事情もあるのか、ここにきて中国のゼロコロナ政策はかなり強権さを増しつつある印象を受ける。首都である北京は2008年に夏季大会も開催しており、オリンピック史上初めての夏と冬の両大会を開催した世界経済都市として、その栄誉をゼロコロナでアピールしたい狙いがある。
実のところ、トーマス・バッハ会長率いる国際オリンピック委員会(IOC)側の利益は、開催されても中止でも既に開催都市と交わした契約料で最低ラインは保障されている。全体の70%以上を占める最大の収入源は米NBCユニバーサル社と2032年大会まで交わされた1兆3200億円という巨額なテレビ放送権料であり、IOC側は五輪の開催さえ実現すれば収支に大きな損失はなく、むしろ莫大な利益を得られる構造にある。唯一懸念されるのは中国のウイグル自治区における人権問題に対しスポンサー企業が撤退を表明したり、一部の参加予定国によるボイコット運動である。しかしこうした側面で経済打撃を受けるのは、IOCではなくむしろ中国側である。中国オリンピック委員会は9月末の時点で感染チケットの販売は中国本土のみに限定する意向を示しているが、訪中外国人によるインバウンド消費が無くなった中国の経済損失は、2020東京五輪で日本が受けた損失同様、相当大きな額となるだろう。もともと2020東京大会の開催に際して、時の都知事は30兆円以上、首相はそれ以上の経済的波及効果を見込んでいた。新型コロナウイルスの災いもあるが、五輪後の日本経済にそうした波及効果の勢いはない。人を小ばかに10万円、20万円支給すると幼稚な政策が展開した衆議院選は、蓋を開ければ戦後3番目に低い投票率であった。市民の眼はごまかせない。コロナ禍の五輪を経験した日本が先を見据えて投資すべき持続可能な政策は公衆衛生事業である。
紀元前800年に遡る古代ギリシャ発祥のオリンピア祭典競技は、長らく地球上で最大のイベントと慕われてきた。しかし近年、五輪の経済効果を狙う既得権益層の思惑が開催都市のみならず全世界の市民の眼にも明るみとなっている。その証拠に1990年代以降、五輪招致に立候補する都市の数が減り続けている。今や五輪は公共政策事業ではない。国と開催都市の栄誉という巧みなレトリックは、過去の五輪の幻想でしかない。
画像引用元・https://www.amazon.co.jp/Akira-Import-anglais/dp/B004O2AZIW
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