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Social Impact News2021.11.13

人類が宇宙生態系にメスを入れるとき

 2021年11月9日、国際宇宙ステーション(ISS)から、日本人宇宙飛行士の星出彰彦氏を含む4人が搭乗したスペースX社の宇宙船クルードラゴンがパラシュートを開き、無事に米フロリダ州の沖合に着水し帰還した。ロシアや中国の宇宙船が地球に帰還する際は、広大な砂漠地帯を目指して着陸することが多い。宇宙空間から大気圏に突入した帰還船は成層圏から対流圏に入る上空でパラシュートを開き、地上間際になると逆噴射ロケットの高温ガスの力を利用して落下速度を減速させる。そのため火が燃え移らず、かつ着陸地点を見つけやすい砂漠を選ぶのである。日本のはやぶさも帰還後にカプセルを回収する目的のため、カプセルを見失しなうリスクのある森林や海上ではなく、また日本には砂漠がないため、オーストラリア南部の豪州政府立ち入り禁止区域があるウーメラ砂漠に着陸している。一方、アメリカの場合は広大な砂漠とともに東西には大きな海洋もあり、帰還場所として砂漠以外に海洋も候補となる。この度のクルードラゴンには浮き軸が設置されており、ロシア・中国・日本の宇宙船のような砂漠ではなく、無事に海上への着水を果たした。
 宇宙空間という無重力の環境から帰還した宇宙飛行士らは、着水した後もモジュールカプセルの中で約40分間ほど地球の重力に体を慣らしてからでないと船外に出ることが出来ない。そのため宇宙から地上に着陸した宇宙飛行士がさっそうとロケットから降り立ち、帰還を祝う大勢の聴衆の前で手を振るシーンが可能となるのは、ギャラクシー映画の中だけである。この度の4名の飛行士も暫くの間シートに固定されたまま体と心理状態を馴らし、その後キャスター付きのシートで専門医師団の元へと移動して、体調チェックが行われた。メディアで目にする帰還後の飛行士たちが、しばし皆でシートに座って談笑している光景は、こうした医学的な根拠に基づいている。


 宇宙空間での生活、つまり人体に重力の影響がなくなった際、我々の生体機能はどのように変化するのだろうか。そして生体機能を維持するためには、どんな宇宙服の機能とデザインが必要になるのだろうか。また生活上のコミュニケーションを空気のない空間で行う際、互いの会話はどのようなツールに頼ればよいのか。さらに宇宙から地球に帰還した後の日常生活で起こりうる、長期的な身体への影響にはどのような疾患や注意点があるのだろうか。
 近い将来、老いも若きも大人も子供も、安全に楽しく宇宙旅行や宇宙遊泳をエンジョイするためには、宇宙工学技術の進歩を欠かすことは出来ない。宇宙人体医学の分野においても、無重力状態の人体生理学の研究を積み重ねる必要がある。歴史的に宇宙人体医学は、世界各国の軍事力が増強するのと並行して、冷戦時代のアメリカ、ロシアを中心に宇宙開発競争と共に特殊環境医学の一分野として発展してきた。例えば、超高速状態の生理学機能を研究する航空医学や、潜水艦内の生活環境をもとに研究する潜水医学などであるが、これらの研究は軍事的な目的を達成するための産業医学とも強く関連してくる。
 航空工学が発展する以前、19世紀の航空医学のトピックは、飛行機が音速を超えるほど速くなる世界について考えることであった。つまりマッハ1と定義される海抜高度0mと気温15度の環境において、時速1,225㎞/h=秒速340m/secを超える速度で人類が飛行移動した場合、空気が真空になり窒息するのではないか、超音速状態で声が聞こえなくなるのではないか、そんな様々な推測が議論されていた。現代の我々には当たり前の世界であるが、人類は無限に広がる問題を一つひとつ、工学と医科学の技術革新により解決してきた。音速を解決した科学者は今、アインシュタインが夢見た光の速さを超える超光速の世界について、また次の議論を繰り返している。
 かつて、人類が空を飛ぶ日が訪れることを夢に見ても、それは神の領域であり、現実に航空機の移動が日常となる未来を予測しえた古代人はいなかっただろう。しかし21世紀に生きる我々は、そう遠くないいつの日か、実際に宇宙環境で人類が生活する時が訪れるだろうことを疑いはしない。現に急激な人口増加を抱えた人類は、収容人数の規模は小規模ながら、宇宙工学技術と開発力でISSという宇宙ステーション構想を実現した。このまま地球環境のメンテナンスを続けても、国連は2050年に地球人口が100億人に達すると計算している。150億、200億と増え続ける人口問題を解決するために適切な空間を確保するには、地球環境だけではいつか必ず限界が来る。指数関数的に未来人口が1兆人規模にまで膨れ上がったとしても、宇宙に住むことが可能となれば空間的に困ることはない。宇宙開発がさらに進み、宇宙空間の生活が現実のものとなる頃、きっと我々が思い描く人体生理学の領域も、劇的な変貌を遂げている。こう考えると早かれ遅かれ孫の世代の教科書には、宇宙環境医学や宇宙人体生理・生化学などの項が設けられ、実臨床では宇宙での分娩や心肺蘇生法が課題になることだろう。

 しかしこうした未来の現実と向き合う前に、今の私達には精算すべき忘れてはならない過去がある。人類がこれまで行ってきた数々の地球生態系における環境破壊について、今度は宇宙生態系という規模で問い直す時期に来ている。国連は1966年に宇宙生態系の管理規約として「宇宙条約・宇宙憲章」 を規定した。そこには「天体を含む宇宙空間に対しては、いずれの国家も領有権を主張することはできない。探査および利用はすべての国の利益のためであり、国際法に基づいて全人類が自由に行うことができる。また、核兵器など大量破壊兵器を運ぶ物体を地球周回軌道に乗せたり、宇宙空間に配備したりしてはならない」と声明文を記している。また2004年、第59回の国連総会では「宇宙空間における軍備競争の防止に関する決議」が採択された。しかし声明文だけでは解決に繋がらない。我々の生活を豊かにしてきた科学技術の進歩が地球生態系を破壊してきた事実を反省し、来るべく宇宙医学の進歩までもが目的の誤った技術革新の道に吸い込まれぬよう、謙虚に願うばかりである。

 
 原点に回帰するに、そもそも人類が宇宙開発を追い求める理由とは一体何なのだろうか。宇宙産業がもたらす莫大な富による経済効果だろうか。登山家がそこに山があるからと言うのと同様、宇宙物理学者はそこに宇宙があるからと言うかもしれない。しかしその根底には揺るぎない信念やロマンがあるのだろうか。それとも求めるは歴史に残る名声だろうか。はたまた人類が生き延びるための居住空間を宇宙に確保するという、合理的な生存手段を得るための公共事業なのだろうか。

 138.2億年前に起きたビックバン以降、膨張し続けている宇宙生態系に、人類はもう既に無差別なるメスを入れ始めている。折しも2021年10月末から11月12日まで、英国グラスゴーでは国連気候変動枠組み条約(COP26)会議が開催されている。歴史は人類の愚行を1から10まで見てきた。このCOP26会議に参加した120余りの国々のリーダーは、協議の中から一体どんな結論を導き出してくれるのだろうか。たとえ全人類が地球から宇宙へ飛び立ったとしても、残された地球には無数の名もなき動植物が置き去りにされている。いずれにせよ産業革命以降、地球環境を破壊し続けてきた人類はオゾン層を破壊して宇宙への転居を目指す前に、地球環境保全に対する過去の代償を十分に償わなければならない。




月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約(宇宙条約・宇宙憲章)

https://www.unoosa.org/oosa/en/ourwork/spacelaw/treaties/introouterspacetreaty.html

The United Nations Office for Outer Space Affairs (UNOOSA)

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