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小さな子どもに戦火の映像を繰り返し見せてはいけない
新型コロナウイルスの世界的流行は、社会生活の有り方を変えてしまった。すぐ隣の国、中国・武漢で新型ウイルスが確認されたのは2020年1月のことであり、十分な時間はあったはずだ。今まで「成長戦略」なる言葉を幾度耳にしたか分からない。しかし市民生活の中で、逼迫する医療体制や低迷した経済が立て直される兆しは少しも感じられない。流行が収束しない原因について、政治も市民も適切な対策を講じず何かとコロナのせいにしてしまうことで、むしろ世情がwithコロナボケに傾いた感はある。政府がその場しのぎの対応に追われてしまい、真正面から問題の本質と対峙する議論を避けてきたツケが、今になり私達の生活にのしかかり始めたのだろう。
コロナ禍が2年を超えても人々の関心は、未だなお医療と経済から脱していない。しかし先月末以降、仕事柄たくさんの子ども達と話しをする中で、一人一人の心の健康と精神状態が、何やら著しく侵害され始めている懸念がある。私が思うにその懸念とは、ソーシャル・ディスタンス、分散登校、個食・黙食、修学旅行や学校行事の自粛など、長らく虐げられてきた子ども達の生活に覆い被さるタイミングで勃発した、ロシアによるウクライナの侵略戦争である。
コロナが長引くとともに、子ども達の生活環境は、戸外から屋内中心となった。子どもの遊びも、外遊びから部屋でゲームやテレビを見て過ごすように変化した。先月2月には、ちょうど北京五輪が開催され、各家庭でテレビの視聴時間が長くなっていた。そんな時期に、コロナの不安に積み重なるように起きたのが、この度の酷い戦争である。
当初のメディア報道は、プーチン大統領とウクライナのゼレンスキー大統領が互いに戦争を回避して平和を模索する外交対話の映像が多かった。しかし一旦ロシアが戦いの火蓋を切ると、ウクライナ市街のビルや建物が激しい空襲を受け破壊され火災する様子や、空から市街地を砲撃するロシアの軍用機、廃墟の街をおびただしく進軍する戦車の行列、防空壕に逃げ込む市民の苦しい生活、戦争を逃れるため国境を目指す戦争難民、義勇兵として地下で火炎瓶を製造する市民など、テレビ画面越しではあるが現実の戦争映像が、朝も昼もゴールデンタイムも、各局メディアから一斉に繰り返して放映され始めた。
中でも一般市民がSNSに投稿した戦火のウクライナの映像はかなり衝撃的である。しかしこうした投稿画像の中には、何処かの誰かがビデオゲームの戦闘シーンを映像加工して作成した悪意のフェイクニュースも紛れている。さらに、こうした煽りの映像に併せて戦場で子ども達が逃げ回り悲しむ姿が映し出されては、「ウクライナ緊急支援募金」を呼び掛ける詐欺サイトが連動して表示されている。フェイク画像を工作するのがロシア関係者か否かは定かでないが、プーチン大統領は3月4日、ロシア当局が偽情報とみなしたフェイクニュースを流した個人や記者に対して、最長禁錮15年の刑罰を科す法案に署名をした。この法案が意図するロシア政府の言い分は、「SNSから流れるウクライナの映像情報の多くは西側諸国がロシアを混乱させるために衝撃的に加工したフェイクニュースであり、ロシア国民は政府機関からの情報を信頼すべきで、偽りの映像に騙されてはいけない」として、国内のメディア情報を政治統制する狙いがある。
今、世界中の誰もが大きな不安を抱えて、画面やスクリーン越しにウクライナの戦争映像を見守っている。しかしテレビやSNSを通して、心理的負荷作用の強い映像を視るに際しては、十分な注意を喚起しなければならない。特に児童精神医学的には、子どもに戦火や災害など、刺激の強い映像を繰り返し見せてはいけないとする高いエビデンスがある。子どもの感情や記憶のみずみずしさの本質は、その純粋さにある。一方で、小児期の体験がその後の人生を左右する大きな要因となることは、今さら強調するまでもない。世界の現実から目を逸らすのかと、批判の声が上がる風潮も理解できるが、歴史や政治的背景を理解できる大人に比べて、知識が浅く精神的にも未成熟な子どもにとっては、恐怖映像を視せられることで二次的に心的外傷後ストレス症候群 (PTSD) を発症してしまうリスクが非常に高い。1990年8月の湾岸戦争、1995年1月17日の阪神・淡路大震災、2001年9月11日に起きたアメリカ多発同時テロ事件、そして2011年3月11日の東日本大震災などいずれの後にも、メディアを通して衝撃的な映像をみた子ども達が、その後長きに渡り心の不安やトラウマからPTSDを発症した事象が知られている。
悲惨な映像を視て心理的影響を受けるのは、大人だけではない。コロナ禍の子ども達に今最も必要なことは、戦争という真実を知らせることではなく、周囲の大人が心の安心を確保してあげることである。大人が目にする戦争報道のニュースを通じて、また意図せず偶発的に目に飛び込んでしまう恐怖映像をから無防備な子ども達の心を守るためにも、小さな子どもが不安になるようなメディアの映像を繰り返し見せることは、出来る限り避けるべきである。
【参考URL】
「日本小児神経学会 子どもに被害映像を見せない配慮を」 https://www.childneuro.jp/uploads/files/about/20110325.pdf
「SNSで誤情報与える動画や画像が多数拡散、ロシアのウクライナ攻撃」 BBC News (25/Feb/2022)
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-60518843 https://www.bbc.com/news/60513452
「ロシア、軍の「偽情報」報道に刑罰 BBCなど西側主要メディアはロシアでの活動を中止」 BBC News (5/Mar/2022)https://www.bbc.com/japanese/60630733 https://www.bbc.com/news/world-europe-60617365
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